遥かなる釣の日々
変貌する釣り場
私が魚釣りを始めたころ、当地ではあちこちで公共事業が行われていました。「埋め立て」。公益の前に釣り場が消えるのは寂しくあっても仕方のないこと。少年釣り師はそう思いました。彼の釣り友達も「しかたないね・・・」などと、釣行のたび、少しずつ消えて行くなじみの釣り場を眺めながらあきらめ混じりのため息を漏らしていました。当時のA県Y町からT村の海岸線にのびる海岸線は、釣り場として潮干狩り場として知られるN干拓としてすでにかなりの面積が埋め立てられて農地化していました。
失われた釣り場、豊穣の海
日本有数の干潟は、絶好の釣り場として四季を通じて堤防のあちこちに竿が並び、当地特有の「ぶっこみ釣り」という、大雑把な投げ釣法でカレイ、セイゴ、ボラなどおなじみの魚がよく釣れたものです。この釣り場は南東に向かって海が広がり、日当たりのよい釣り場で、魚が釣れなければ春秋は堤防上で昼寝、冬は流れ着いた空き缶に木っ端を突っ込んで焚き火と、釣以外の楽しみも盛りだくさん。冬になると後ろの芦原には鴨が飛来し、狩猟規制のゆるかった当時は鉄砲撃ちの音が響いてもいました。
そして干潟は消え、釣り場は荒廃した・・・
この釣り場は、もともと沖であったところに位置し、つまり干潟の原型はさらに広大だったわけですが、狭くなったとはいえ、目前に広がる干潟は春の大潮ともなると数キロ先までが陸となる広大な釣り場だったのです。それでも公共事業のあくなき欲求は少年の視線遥か先に締め切り用の堤を現出させ、現在ではあの広大な干潟のさらに先までが、サバンナもかくや、という草原となりはて、当時の釣り場はまったく面影はありありません。この干拓工事、すでに10年以上も前に終焉しています、未だに具体的な計画のない草原のままです。一体、国や県はあの干潟に何の恨みがあったのでしょうか。この地方有数の釣り場でもあり、魚介類の繁殖地でもあった広大な干潟の消滅は、一帯の環境を変えてしまいました。もうあの釣り場が戻ることはないと理解してはいますが、もう一度、雪の中、ドラム缶の焚き火にあたりながら釣りをしたいものです。